東京都議選の情勢報道(結果予測)はいかに杜撰なのか

マス・メディアでは都議選の「情勢」に関する報道が盛んですが、そこで示されるデータはあまり有益でないものが多いです。どこがどうダメそうなのか解説したいと思います。
菅原琢 2025.06.20
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 東京都議選が始まっていますが、選挙期間の前から都議選の結果を占うとした調査結果の報道が続いています。しかし、これらのほとんどは、国政選挙の際に大手マス・メディアが行う情勢調査とこれに基づく情勢報道に比べると、かなりいい加減なものです。

 本稿では、都議選に際し行われている情勢調査等について、いかに杜撰であるかを解説します。雑誌の評論家予測や自民党内部調査なるものがあてにならないことは論じるまでもないので、今回はマス・メディアが行っている調査を取り上げます。

情勢調査では過去のデータが重要

 衆院選や参院選の際に、大手新聞社を中心としたマス・メディアは「情勢報道」などの名称で選挙区ごとに詳細な当落の見込みを報じます。これらは選挙区ごとに数百人以上を対象に行った「情勢調査」を根拠としています。

 近年、情勢調査の手法は様々に変化していますが、大手メディアではそれなりに科学的な知見を背景とした調査手法が用いられています。大手メディアにとって選挙結果の予測の当たり外れはその新聞の信頼性にも関わることですから、少なくない資金を注ぎ込んで多人数に慎重に調査を行っているわけです。

 情勢調査は、選挙結果の予測に際し最も重要な材料になります。ただし、この調査結果には選挙結果との間に無視できないズレがあります。このズレを補正しないと、結果予測に失敗することになります。

 ズレの要因として特に大きなものは、次の2点です。

①実際の有権者と回答者の間の歪み

②調査時点と投票日時点の投票態度の相違

 これらのズレをどう克服するのか、補正するのかが各社の腕の見せ所になります。

 この補正を行うのに際し、最も有益なことは「繰り返し行うこと」です。つまり、過去の情勢調査と選挙結果の比較を用いて補正を行うのです。

 出てきた「生の数字」を、過去のデータを元に補正を行い、必要であればその他の修正を行い、予測値を作成して情勢報道記事の執筆に供するというのが一般的な情勢報道の流れになるでしょうか。このあたりは各社とも秘密にしている部分も多く、記者情報を全く加味せずに予測値だけで判断するところもあれば、予測値を作らずに判断するような場合もあるようです。ともかく、生の数字は実際の結果とは異なるという点が大切です。

2021年衆院選情勢報道の悪夢

 情勢調査で結果を適切に予測するには、とにかく過去の経験が重要です。その点で参考になるのが2021年衆院選の情勢調査です。

 この選挙では、大手各社が新しい調査手法を導入しました。結果、オートコール(機械音声による自動応答)の固定電話調査を行ってデータを共有した日経新聞と読売新聞が、立憲民主党の獲得議席を過大に予測するという失敗を犯しました。一方、インターネット調査を導入した朝日新聞は「全体の議席数」はかなりの程度正確に予測できていました[1]

 朝日新聞はネット調査導入に際して試験的な調査を2017年衆院選、2019年参院選で実施してその傾向を把握し、情勢調査での使用に耐えうると判断して導入したようです[2]。日経・読売陣営も試験調査は行っていたようですが、状況から察するに、それら試験で得られたデータを元にした補正が、本番で必要だった補正とはだいぶ異なっていたようです。

 ところで、世間では朝日新聞がかなり正確に予測したと思われていますが、実際には全体の集計結果が良かっただけで、実は個々の選挙区の当たり外れは朝日と日経・読売陣営とは同程度でした。日経・読売が立憲民主党を過大評価したのに対し、朝日は政党とは無関係にランダムに外した格好です。

 とはいえ、国政選挙の情勢報道では全体の趨勢の予測も大切なので、朝日新聞の用意周到さが勝ったと言えるでしょう。その後、他社もネット調査を取り入れるようになっています。

世論調査の「生の数字」は実態からズレている

 外すことがあるとは言え、科学的に真面目に行われているのが大手メディアの情勢報道です。これに対し、都議選に際し行われている「情勢報道」っぽいものは、恐ろしくいい加減です。いくつか確認してみましょう。

 最初に、各社が都議選に際し実施している都民限定の世論調査(っぽい)結果を取り上げます。たとえば、読売新聞は「都議選情勢調査」と称した調査を行い、自民党に投票するとした割合が20%等と報じています[3]

 まずこれは、選挙区ごとの情勢を報じているわけではないので典型的な意味での「情勢報道」ではありません。都議選の趨勢を示そうとする点では、情勢報道の情勢調査もこの読売の「情勢調査」と称する世論調査っぽいものも同じように思えるかもしれませんが、ある決定的なところで異なります。それは、先に示した情勢調査結果と選挙結果とがズレる2つの要因を全く勘案していないという点です。

 先に示したように、①実際の有権者と回答者の間の歪み、②調査時点と投票日時点の投票態度の相違、が調査結果と選挙結果の重要な違いです。ある時点の調査結果をそのまま伝えれば②を反映しないことは明らかです。加えて、①もかなり深刻です。

 例を挙げると2013年都議選前の読売新聞世論調査では、自民党に投票するという回答者は38%に上っていました。世論調査回答者は有権者の縮図ですから、都内の有権者のうち38%が自民党に投票するという意味になります。しかし実際に自民党候補に投じたのは有権者のうち15.7%に過ぎませんでした。

 同じ調査で当時の民主党は10%が投票するとされていました。自民党の4分の1くらいですね。実際の都議選では、民主党の相対得票率(15.2%)は自民党(36.0%)の4割を超えました。

 これらのズレは、主に世論調査回答者が有権者に比べて偏っており、棄権予定層を反映していなかったり、自民党投票層が過大に代表されていることにより生じていると考えられます。加えて、一部の回答者が虚偽回答したことによっても生じていると考えられます。

 都議選に限らず、そもそも世論調査の回答者やその回答は実際の有権者のそれからはかなりズレています。そして、生の数字がズレていることが過去のデータから明らかだからこそ、情勢報道では情勢調査の数字を予測値に変換するなどしているのです。

 それが今回の都議選では、投票意向の生の数字が大きく報じられています。図表1は、3つの調査結果の数字をまとめたものです。これらはほぼ同じ日程で行われていますが、数字はかなり違うことがわかります。調査方法、集計方法、質問の仕方などが違うためですが、あまりにも異なる数字が出回り、混乱が生じているように見受けられます。

 そもそもこれらの数字は、選挙区ごとに候補者名を提示しての投票意向調査ではありません。れいわ新選組は3人、日本保守党は1人しか候補者を立てていませんから、実際の数字が共同等調査のように4.7%や4.2%になることはまず考えられません。もはや投票結果と乖離している「支持政党」と同じような数字で、結果を予測するのにあまり役に立たないでしょう。

結果予測幅が異様に広い毎日新聞・JNNの情勢報道

 これらに対し、毎日新聞とJNN(TBS)は共同で選挙区ごとに情勢調査を行い、その結果予測も報じています。調査はNTTドコモのdポイントクラブ会員向けのアンケートを利用しており、最近の毎日新聞の月例世論調査と同じ方法になります。

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続きは、2928文字あります。
  • 都議選の予測は根本的に難しい
  • 誤差を縮小しても予測の精度は大して上がらない

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